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仙台高等裁判所 昭和22年(ナ)3号 判決 1948年6月30日

原告

細谷松司

外三名

被告

小林治三郞

外十二名

"

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負擔とする。

請求の趣旨

昭和二十二年四月三十日施行の宮古市會議員選擧における被告等の當選を無効とする。

訴訟費用は被告等の負擔とする。

事實

原告等訴訟代理人は、請求の原因として「原告等はいずれも昭和二十二年四月三十日施行の宮古市會議員選擧における議員候補者となつたのであるが、被告等は右選擧の結果當選した。しかるに右選擧において、法定選擧費用額は議員候補者一人につき、金六百圓と定められたのであつて、被告等はその選擧費用としてそれぞれ別紙目録屆出金額欄記載の金額を屆出てたが、被告等は右屆出の外になほそれぞれ金三百圓宛の選擧費用を支出したものである。即ち昭和二十一年十二月中宮古市吏員の一團は個人の資格において同市における選擧人の名簿(副本)約七十部を作成したが、被告等はいずれも右市會議員選擧に立候補する準備のために、昭和二十二年二月頃から同年三月中旬頃迄の間、右吏員の一團からそれぞれ右名簿一部宛の交付を受け、その對價として一部につき金三百圓を支出したのであつて、右金三百圓は議員候補者であつた被告等自身またはその指圖の下に支出した費用であるから、當然選擧費用に計上しなければならないのである。

假に右金三百圓が立候補準備のために支出した費用でないとしても、選擧運動のために支出した費用であるから、選擧費用に計上しなければならいものである。

故に右金三百圓を前記屆出に係る金額に加算するときは、被告等の選擧費用の額はそれぞれ別紙目録合計額欄記載の額となり、いずれも前記法定選擧費用額を超過する。よつて右選擧における被告等の當選は無効であるから、茲にその當選を無効とする旨の判決を求めるため、本訴提起に及んだ。」と述べ、被告等の抗辯事實を否認し、「右選擧人の名簿を作成頒布した當時においては、選擧人に對する文書の發送を禁止した法規は未だ存在せず、且その禁止を豫想し得なかつたのであるから、當時においては右名簿は立候補準備または選擧運動の爲に必要なものであつたのである。」と述べ、證據として甲第一乃至四號證を提出し、證人佐々木正、菊地勇三郞、飛澤健藏、關口養隆の各證言及び原告阿部登本人訊問の結果を援用して、各號證の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答辯として「原告等及び被告等が、いずれも昭和二十二年四月三十日施行の宮古市會議員選擧における議員候補者であつて、右選擧の結果被告等が當選したこと、右選擧における法定選擧費用額は議員候者一人につき金六百圓と定められたこと、及び被告等は選擧費用としてそれぞれ別紙目録屆出金額欄記載の金額を屆出たことはいずれもこれを認める。その餘の原告等主張の事實は否認する。尤も被告等が宮古市における選擧人の名簿(副本)一部宛の交付を受けたことはあるが、これは宮古市から交付を受けたものであつて、個人としての吏員等から交付を受けたものでなく、また無償で交付を受けたものであつて、對價を支拂つたものではない。ただ被告等が當時それぞれ金三百圓宛を支出したこと、及びこの支出金を選擧費用に計上しなかつたことはこれを認めるが、この支出金は當時吏員等から寄附を受けたい旨の希望があり、且他に名簿の頒布を受けた者において、吏員等の選擧慰勞金として金三百圓程度の寄附をした例もあつたので、被告等もこの例に做つて吏員等に寄附したものである。即ち右支出金は名簿の交付者である市に支拂つたものではなく、且名簿の交付を受けた者全部が支出したものでもまた必ずしも同一金額を支出したものでもなく、殊に名簿一部の實價は僅かに金二、三十圓程度に過ぎないものであるから、右支出金は名簿の對價ではない。從つて、右金三百圓の支出は元來選擧費用に計上すべきものではないのである。假に右支出金が名簿の對價または評價として支出されたものとしても、從來選擧人名簿、選擧法規、法規解説書等の代價は選擧費用に計上しないのが一般である。特に前記選擧においては選擧運動の文書、圖畫等の特例に關する法律により、選擧人に對する文書の發送はこれを禁止されたため、前記名簿は議員候補者にとつて全く必要のないものとなつたのであつて、報告等もこれを使用または利用しなかつた。從つて、右名簿の交付を受けた當時におけるその者の意思如何に拘らず、右金三百圓の支出は選擧費用に計上すべきものではないのである。(原告阿部登も右名簿の交付を受け、金三百圓を支出した一人であるが、被告等と同じく右金額を選擧費用に計上していない。)なお被告坂下八郞については、假に右金三百圓が原告等主張のように選擧費用に計上さるべきものであるとしても、同被告はその屆出金額四百六十圓中に、選擧運動の費用とみなされていない候補者の船車馬賃二百圓を誤つて計上したのであつて、これは削除さるべきものであるから、右金三百圓を計上しても、選擧費用額は金五百六十圓となり、費用超過とならない。よつて原告等の請求は失當である。」と述べ、證據として乙第一、二號證を提出し、證人大森從時の證言及び被告熊谷善四郞本人訊問の結果を援用し、甲號各證の成立を認めた。

理由

原告等及び被告等が、いずれも昭和二十二年四月三十日施行の宮古市會議員選擧における議員候補者であつたこと、右選擧の結果被告等が當選したこと、右選擧における法定選擧費用額は議員候補者一人につき金六百圓と定められたこと、及び被告等は選擧費用としてそれぞれ別紙目録屆出金額欄記載の金額を屆出でたことは、いずれも當事者間に爭がない。

原告等は「被告等において、宮古市吏員の一團が個人の資格で作成した同市における選擧人の名簿(副本)一部宛の交付を受け、その對價として一部につき金三百圓を支出したが、右支出金は立候補準備のためまたは選擧運動のために支出したものであるから、選擧費用に計上すべきものである。」と主張する。よつて先ずこの點について審案するに、成立に爭のない甲第一乃至第三號證、證人關口養隆、大森從時の各證言、證人佐々木正、菊地勇三郞の證言の一部、及び原告阿部登の供述の一部、並に被告熊谷善四郞本人訊問の結果を綜合すると、

(一)  宮古市ではさきに衆議院議員選擧の施行された際、候補者所屬の選擧關係者で市役所備付の選擧人名簿の謄寫を求める者が多く、そのため事務上差支を生ずる位であつたが、昭和二十二年四月施行の各種の選擧においては復員者、外地引揚者及び婦人等で新に選擧人たる資格を取得する者があるため選擧權者が增大し、また立候補も多數にのぼり、投票所も從來の二箇所に開設されたのを十數箇所に增設しなければならない状勢にあることが豫想されたので、選擧事務を取扱う吏員の間でその對策を練り、選擧時における市の事務取扱の便宜に供すると共に、一面立候補者の利便をも圖る方法を考慮した結果、市において選擧人名簿の寫を多數作成して頒布することを計畫し、縣當局にその計畫を照會して豫め諒解を得ると共に、當時の市會議員等多數の賛成をも得たこと。

(二)  その際右名簿の頒布方法等について市會議員の一部の者と協議した結果、名簿はこれを無償で希望者に頒布することとし、なお選擧事務に從事した職員の手當または慰勞費にあてる目的をもつて、その頒布を受けた者から名簿一部につき金三百圓をこれらの職員に對する寄附として申受けることとしたこと。そして右寄附はこれらの職員が個人として受けるものであつて、決してその寄附を強要しない方針を嚴守することとしたこと。

(三)  市では右計畫に基き、吏員をして本來の勤務の餘暇を利用し、または夜勤して、右名簿の作成に從事させたが、用紙の都合もあつて結局、昭和二十一年十一月末から同年十二月末までの間、謄寫版刷により選擧人の名簿七十八部だけを作成することができたので、これを昭和二十二年一月初旬から同年三月中旬までの間、立候補準備の者その他希望者に頒布し、その間、右頒布を受けた大部分の者は、前記の趣旨により名簿一部につき金三百圓の寄附をしたのであるが、中には金二百圓を寄附したに止る者、金圓の代りに米六升を寄附した者、及び全く寄附を行わない者もあつたこと、被告等は當時市會議員選擧に立候補前であつたが、多數の例に做つてそれぞれ金三百圓を前記職員等に寄附したこと、

が認定できる。證人佐々木正、菊地勇三郞の證言及び原告阿部登の供述中右認定と抵觸する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る證據はない。

右認定事實に徴すると、原告等主張の選擧人名簿は宮古市において作成し、これを無償で希望者に頒布したものであり、又その頒布を受けた者においてそれぞれ支出した金圓等は、別に個人としての市の職員等に寄附したものであることが認められるのであつて、原告等主張のように、宮古市吏員の一團が右名簿を作成頒布し、その對價として右金圓等を受取つたものということはできない。從つて、被告等がそれぞれ支出した金三百圓は、いずれも名簿の對價ではないのであるから、その對價であることを前提とする原告等の前記主張は肯認できないものといわなければならない。尤も被告等がそれぞれ支出した金三百圓が、たとえ形式上において名簿の頒布者と別個の者に對し寄附名義の下に支拂われたものであるとしても、少くともその實質上においては名簿の對價であることを免れない場合も考えられないことはないのであるが、前記認定の諸事情を綜合すると、本件の場合、市の吏員等において右寄附金の取扱をするについて多少誤解を生じさせる遣憾の點がなかつたとはいわれないとしても、名簿の頒布と寄附金との關係は單に形式上に止らず、實質上においても必ずしも對價の關係に立つものでないことを認めるに難くない。即ち名簿の頒布は、宮古市において選擧時における事務取扱の便宜と立候補者利便のために無償で頒布したものであり、また寄附金は選擧事務に從事した職員等の手當、または慰勞費等にあてるため、これらの者に任意に交付されたものであること、前記認定の通りであるから、右寄附金は立候補準備のために要した費用または選擧運動のための費用ではなく、これを選擧費用に計上しなければならないものではたい。

なお、被告等において頒布を受けた名簿については、たとえ無償で頒布を受けたものであつても、市會議員の選擧について準用される衆議院議員選擧法第百三條により、名簿使用上の利益を時價に見積つた金額は選擧運動の費用とみなさるべきかどうかの問題があるが、右名簿の頒布は前記認定の事情の下においては、公共團體である宮古市が選擧時における特別の施設として行つたものと認めるに十分であるから、この場合は名簿の價格如何に拘らず(たとえば右名簿の價格が原告等主張のように金三百圓である場合でも)右法條の適用はないものと解すのが相當である。從つて、この場合においても、その見積金額は選擧費用に計上しなければならないものではないのである。

以上説明の通りであつて、原告等の前記主張を前提とする本訴請求は、他の爭點について判斷するまでもなく失當であるから、原告等の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負擔について民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用して、主文の通り判決する。

(谷本 村木 松尾)

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